ピピピピッ、ピピピピッ

僕だけの部屋に無気質な音が響き渡る。

「・・・う・・・んぅ・・・」

ピピピピッ、ピピピピッ

音は断続的に、途切れることなく鳴っている。

時刻は6時ちょうど、そろそろ起きないといけない時間だ。

「・・・う、うぅん・・・」

ピピピピッ、ピピピ一一一

ピッ・・・

「・・・・・・」

目覚ましのスイッチを切り、布団から起き上がる。

「・・・ふぁ、眠・・・」

もう5月とはいえ、やっぱり朝は冷える。

まだまだ布団が恋しいけど・・・でも、起きなきゃ。

カーテンを開け、朝の日差しを全身で受ける。

天気は見たところ晴れで、空には雲一つ見当たらない。

・・・うん、これだと今日は一日中晴れだろうなぁ。

「さて、と。朝ごはんを作らないと。」

キッチンへと足を運ぶ。

 

「確か昨日の残りのサラダが冷蔵庫にあったはず・・・お、あったあった。」

「あっ、豆腐が今日までになってる。危なかった・・・」

「あとは・・・納豆くらいで、いいかな?」

冷蔵庫の中を漁り、食材を確認してみる。とりあえず朝は面倒なので、その場

しのぎであるものを適当に選んで取り出す。

「うん・・・じゃあ、いただきます。」

今日の朝食はご飯と、納豆、サラダ、冷や奴の四品。・・・朝食としては、ま

あまあのものだった。

 

僕の名前は小泉弘樹(コイズミ ヒロキ)。今年の四月に、はれて大学生とな

った18歳だ。実家は遠い所にあり大学に自宅から毎日通うのは無理だったの

で、家から離れて今は一人暮らしをしている。

ちなみにココはその大学から歩いて五分という位置にあるアパート『エクスワー

ル』という所。大学までの距離が非常に近いので、僕としては大いに助かって

いる。

町の中心部からはちょっと離れているんだけど、近くにはコンビニもあるし本

屋もあったりするから、それほど苦にはならないし。

中心部にはあまりまだ行ったことがないんだけど、いろいろ揃っているらしく

て、ショッピングするだけで一日が潰せちゃうことができる程みたい。

 

「ごちそうさまでした〜」

食器を流しに持っていき、洗い片付けを始める。水が冷たいけど、これも日課。

きちんと自分で決めたことはやらないと。

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

食べ終わってから五分くらいたっただろうか、片付けも終わりようやく休憩を

とることができる。

「ふぅ〜・・・」

居間にあるテーブルの前に座って考え事をする。

実は今日とっていたはずの講義がこの前突然中止になってしまったので、これ

までず〜っと詰まりっぱなしだったはずの予定が、今日だけはぽっかりと空い

てしまったのだった。

「さて、今日どうするかなぁ・・・」

「おやっ、じゃあ弘くん今日は暇ということなのかな?」

「ええ、まあ・・・えっ?」

僕以外に誰もいないはずの部屋に、僕以外の人の声。ふと、首を横にまわして

みるとそこには一一一

「よっ!」

「『よっ』じゃありませんよ。勝手に人の部屋に入らないでって言ってるじゃ

ないですか、結井さん。」・・・

この人は霧山 結井(キリヤマ ユイ)さん。このアパートの管理人をしてい

る人だ。

「気さくで優しい人」と近所では好評みたいなんだけど・・・何故か、僕に対

しては何かとちょっかいをかけてくる。

「それで、今日はどうやって入ってきたんですか?玄関のドアはあの時以来、

鍵を常時かけておくように心掛けているはずなんですけど・・・」

「いや〜っ、あの時の弘くんは本当に可愛かったなぁ。こっそり入って驚かせ

てやろうと思ってたんだけど、寝てるんだもん。あの寝顔を見せられたなら、

誰だって悪戯したくなるって。」

「だからって、ペンで顔に落書きはあんまりですよ。しかもあのペン、油性だ

ったんですよ?落とすのに苦労したんですから・・・」

「えへへ、ごめんごめん。」

全く悪びれてないよ、絶対に・・・

「それで、今日はどうやって?」

「あぁ、それ?それは・・・合鍵でチョイチョイ、と。」

結井さんは鍵を開ける動作を僕にしてみせる。

「・・・職権乱用っていうんですよ、それ。」

(まったくもう・・・)

「あ、そだ。そんなことより一一一」

突然、結井さんが何か思い出したように、

「一一一今日弘くん暇なの?」

「・・・・・・えぇ、そうですけど・・・」

「ちょうどよかったぁ!」

「・・・?」

(ん?ちょうどよかった・・・って?)

「あのさ、いきなりで悪いんだけど今日私にちょっと付き合ってくれないかな?

町の方に服を買いにいこうと思ってるんだけど・・・」

不思議がってる僕を無視して、結井さんは心底楽しそうに言った。

(なんで僕なんだろ?・・・ん〜、でも町の方、かぁ・・・そういえばまだよ

く見てまわったこともないし、いいかも・・・)

「いいですよ・・・って、うわ一一一」

「ありがとう弘くん〜」

いきなり、ホントいきなり。

結井さんは僕をギュッ、と抱き締めてきたのだ。

「わっ・・・ち、ちょっと・・・離してくださいよ・・・」

「ん〜?あとちょっと〜」

結井さんは頬をスリスリさせてくる。

(・・・うぅ、恥ずかしいよ・・・)

抜け出そうと思ってジタバタしてみるけど、

「ん〜、ん〜」

・・・やっぱり駄目。

「こらっ、暴れちゃダメだよ。」

結井さんの腕にさらに力がはいる。

「・・・んっ・・・んぁ・・・」

強く抱き締められると、その分結井さんの体の柔らかさを強く感じてしまう。

(あっ・・・胸、が・・・)

結井さんのおっきな胸が、擦り付けられるように僕に密着している。

(だ、駄目だって・・・考えちゃ、駄目・・・)

意識しまいとすればするほど、余計に意識してしまう始末。

結井さんから漂ってくる・・・甘い、香水のような香りとが一緒になって・・・

どんどん、僕の意識を奪っていく・・・

「弘くんてさ、」

結井さんの声が頭の中で響く。

「弘くんてさ、ホントにちっちゃいよね。今だって、私の中にすっぽり収まっ

ちゃってるんだものね。」

「それに声も可愛いし、顔とかも・・・ふふっ、まるで女の子みたいだね。」

「・・・ん、くっ・・・」

失礼なことを言われてる。言われてるはずなのに・・・自然と、身震いがおこ

る。

(女の、子・・・僕が・・・女の子・・・?)

「あれ、もしかして・・・『女の子』って言われて、感じちゃった?」

「なっ・・・へ、変なこと言わないでくださいっ!」

「あはは、ごめんごめん。」

そこでようやく腕が解かれた。

「まったく、本当に結井さんは一一一」

立ち上がろうとして、足に力をいれる。しかし・・・

(あ、あれ・・・力がはいらない?)

まさか、何かの冗談だろうと思いもう一度。・・・だが、結果は一緒。まるで

腰が抜けたかのように力をいれることができなかった。

「どうしたの?」

結井さんが顔を覗きこんでくる。

「い、いえ・・・何でも」

「そう?・・・じゃ、後で私の部屋に来てくれる?私はちょっと準備しないと

いけないことがあるから。」

首を縦に振って肯定の意を示す。

結井さんに気づかれてはいけない、そう思って僕は悟られまいと必死にしらを

切った。

「それじゃ、また後で」

バタンという、扉の音。

「・・・・・・」

(・・・行ったかな?まだ隠れてるってことは、ないよね・・・?)

「・・・・・・ふぅ。」・・・

ドアが開く様子もなく、ようやく僕は緊張を解くことができた。次第に落ち着

きを取り戻し、それに伴って足にもようやく力がはいるようにもなった。

「・・・な、んで・・・」

何で、立てなかったんだろう。

いや、わかってる。わかってるけど・・・認めたくなかった。つまり、僕は・・・

 

『女みたい』と言われて、立てなくなってしまったのだった。

鏡の前に立って、改めて自分の姿を見てみる。

身長は・・・145、6といったところ。太ってるわけでなく、かと言って痩

せているわけでもない。顔は童顔で、声も一一一

「あーっ、あーっ」・・・

と、他の男の人達みたいに低くない。声変わりは済んだはず、なんだけど・・・

 

「・・・・・・」・・・

どう見ても、中学生、いや小学生にすら間違われそう、と自分でも思うほどに

「幼い」、そう思った。

いっそ女の子だったら、どれほど楽だっただろう。昔を思い出す・・・

 

いつも、いつでもそうだった。

小さいときから「背が小さい」「女みたいだ」と言われ、ついたあだ名が「お

んな男」。いつも、そう言われてからかわれ続けてきた・・・

 

「・・・はっ!?やめやめ。」

我にかえり、この暗くなった気持ちを払いのける。

(昔のことは昔のこと、そう決めたじゃないか。)

だけどやっぱりそれはショックで・・・僕は鏡を見ながら、深いため息をつい

た。

 

「結井さん、来ましたよー。」

ドアをノックし、中にいる結井さんに声をかける。・・・僕は決して、誰かさ

んのように無断で人の部屋に入る、なんてことはしないのだ。

・・・誰かさんとは違ってねっ!

「あっ、ごめん今手が離せないから、勝手に入ってきて〜」・・・

本当にいいんだろうか?不安に思いつつも、僕はドアノブに手を伸ばした。

 

部屋の中は、意外に簡素なデザインだった。でも、すっきりしていて見ていて

も気持ちがいい。

「適当にどこか座って待っててくれる?」

結井さんの声がキッチンの方から聞こえた。

「わかりました〜」

とりあえず、座って待つことにしよう・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

10分ほどして、ちょっと遅いなぁと感じながら待っていると、結井さんがキ

ッチンから何かを持ってやってきた。

「はい、お待ちどうさま。」

部屋の中央にある小さなテーブルに置かれたそれは・・・ジュース?

「何です、これ?」

「何って、普通のアップルジュースだけど?」

「あ、いやそれは見ればわかるですけど・・・」

結井さんが持ってきたものはジュースだけだった。

「他には?」

「ん、何が?」

「いえ・・・」

普通、アップルジュースだけに10分もかからないんじゃないんだろうか・・・

 

「さ、飲んだ飲んだ。」

少し不思議だなぁと思いながらも、僕はジュースに口をつけた。その時、結井

さんが微かに笑った・・・かのように見えた。

「それで、さ」

結井さんが話を始める。

「今日の一応の予定なんだけどね、まずバスに乗って駅前まで行って、それか

ら・・・」

(あ、あれ・・・?)

次第に感じる、体の異変。

体が少し、宙に浮いてるような感じがする。頭は重く、視界がぼんやりと霞ん

でいく。

「##んで、#######なんだけど、###・・・」

結井さんが何か言ってるけど、なんて言ってるのか、よくわかんない・・・

次第に周囲から音がなくなり、視界ももはや使い物にならないくらいにぼやけ

てる。

(なんか・・・きもちい・・・)

平衡感覚もなくなり、自分が浮いてるのか沈んでるのか、座ってるのか寝てる

のかさえもわからない。

心地よい浮遊感。なぜだか視界もどこか楽しく見えてきた・・・

(きもちいい・・・きもちいい・・・きもち、いい・・・きも、ち・・・いい・・・

き・・・)

パンッ!

「・・・ぅあ?」

突然聞こえた「パンッ」という音。すると不思議、意識が次第にはっきりとし

始めたのだった。

視界に張り付いてた靄も消えて、頭もスゥーっと冴えわたるように軽くなって

いった。

「・・・くん・・・弘くん」

「・・・ぁ、結井さん」

「もう、人がせっかく話してるのにぼんやりするなんて・・・私の話、聞いて

た?」

「・・・・・・」

(あれっ、何?思い出せない・・・)

今さっき、時間にしてほんの数十秒ほど前のことのはずなのに、そこの部分だ

け記憶が抜き出されたみたいに思い出せなくなっていた。

(あれ、さっきまで僕何してたんだっけ・・・あれ〜?)

「弘くんっ!」

「あ・・・すいません、覚えてないです。」

「・・・まったく、もう」

「・・・あれ?」

(ジュースが、ない?)

さっきまでテーブルの上にあったはずのジュース。まだ半分くらい残ってたは

ずなんだけど・・・

「あのジュースは?」

「え?ジュースならさっき弘くんが『もういいです』って言うから片付けたじ

ゃん。・・・まさか、それも覚えてないの?」

(あれ・・・そだっけ?)

あ・・・そういえば、そうだったような気が・・・

恐らく・・・いや、多分・・・だんだんと、『そんな感じだった』ような記憶

が頭の中に生まれてくる。

「そうでしたっけ?・・・そうだったような・・・うわっ!?」

急に目眩が頭の中でおき、体のバランスが崩れる。

「危ないっ一一一」

床に倒れそうになった所を、結井さんに支えられた。

「大丈夫?」

「ええ、まぁ・・・ちょっと、目眩が・・・」

軽く体がおぼつかないような感じが残ってるが、大したことはないみたい。

「・・・まずいかなぁ・・・効き過ぎたかなぁ・・・調合率はあってるはずな

んだけどなぁ・・・」

「えっ・・・?」

今、何か言ったように聞こえたけど・・・

「え!?ううん、何でもないよ・・・」

・・・結井さんはしどろもどろに答えた。

(・・・・・・?)

しばしの沈黙。

「・・・・・・」

「・・・・・・あ、あのっ」

結井さんに抱きかかえられているため、結井さんとの顔の距離が近い・・・

結井さんはジーっと僕の顔をのぞき込むように見つめている。

「・・・そ、そんなに見ないでください。は、恥ずかしいんで・・・」

「・・・・・・」

結井さんは構うことなく見つめ続ける。僕は恥ずかしくなって、視線を右に左

に泳がせる・・・

「・・・やっぱ、可愛いなぁ・・・」

「えっ?」

「いや、こっちの話。・・・んじゃ、町に行こっか?」

「あ・・・はい・・・」

そのまま、僕は結井さんに連れられて部屋を後にした。・・・何か、おかしい

ような気が・・・

「・・・・・・ふふっ・・・」

今思うと、この時疑っておくべきだったのかも。だけどもう部屋を出た時点で、

全ては手遅れになってしまった・・・

 

ちょうどよくバス停にバスがやってきたので、乗ってから10分もしないうち

に駅前に到着することができた。

「へぇ、ここが・・・」

いつもは来ることがあっても通り過ぎるだけだった町に足をつけてる。見知ら

ぬ店がたくさん並んでるここは、僕にとっては新鮮だった。

「弘くん、こっちだよ。」

結井さんが手を繋いで案内をする。

「あっ・・・」

僕の手にギュッと覆い包むように絡んできた。結井さんの体温が手の先から細

やかに伝わってくる。

僕は恥ずかしさのあまり声もだせず・・・ただただ、頬を赤く染めるだけだっ

た。

(・・・ん?)

周りの様子が変だ。皆、僕達を見てる・・・?

周囲の人々は、すれ違う度に顔を振り返らせこちらを見つめる。・・・

変な風には見られてないみたいだけど・・・なんとなく、気恥ずかしかった。

(結井さんに、何かあるんだろうか・・・?)

僕は結井さんの方に顔を向ける。・・・結井さんもまた、僕を見つめていた。

(・・・?)

謎は積もっていくばかりだ。

 

「さ、着いたよ。」

結井さんは一軒の店の前で立ち止まった。そしてそのまま、中へと入る

小さな店だけど中にはたくさんの服が並んでおり、それでありながらも店全体

としてごちゃごちゃしてなくて、店独特の落ち着いた空気が流れていた。

「・・・・・・」

女の人専門のお店なんて入ったことなかったけど、ちょっぴり懐かしいような

気持ちにかられた。・・・きっとこれも、この店の特色なのだろう。

「ほらっ、こっちこっち。」

「わわっ・・・」

結井さんはどんどん奥に進んでいく。そして引っ張られている僕がそのあとを

ついていく。向かう先は・・・レジ?

「こんにちは・・・待った?」

レジにいる一人の女性に声をかける結井さん。

「・・・遅いぞ、結井。」

少々ハスキーな声。レジの女性はズボンとシャツを着こなしており、なんとい

うか・・・「かっこいい」というイメージがあった。声もかっこよくて、まる

で男の人みたいだ。

「今日するって言うから、今か今かと待っていたんだぞ?」

「ごめんごめん。アレがちょっと効き過ぎちゃってさ・・・」

「アレ?・・・あぁ、アレか。ちゃんと調合したんだろうな?」

「うん、多分・・・」

「おまえ、昔から変にそそっかしいな・・・気が急いで、焦ったんだろ。」

レジの女性は腕組みをし、呆れたというポーズをとる。・・・男の人の格好を

するには不釣り合いな胸が、さらに強調される。

ちなみに僕はさっきから完全に会話の外。2人だけ楽しそうで・・・なんか、

ヤダ。

「まぁいい。・・・それで、この子か?」

レジの女性が僕に視線を向ける。向こうの方が身長が高いので、必然的に見下

ろされる形になるけど・・・

「うん、そう。可愛いでしょ?」

「・・・確かに、な。」

レジの女性はそっぽを向き、そして一一一

なでなで・・・

僕の頭を撫でた。

(・・・この人、微かに頬が赤くなってる・・・なんでだろ?)

「それで、未来。・・・用意、できてる?」

レジの人は「未来さん」というらしい。未来さんは僕の頭から手を離し、短く

一一一

「あぁ、大丈夫だ。」

と答えた。そして結井さんの耳元に顔を近づけ、何か耳打ちした。まるで僕に

聞かれないようにするために・・・

聞こうとしてみるけど・・・

「・・・は・・・に教え・・・たが、・・・かったのか?」

・・・駄目みたい。

「うん、それで大丈夫。」

(・・・・・・?)

頭の中に「?」が渦巻く。何で僕には聞かれたくないんだろう?今日は結井さ

んの買い物に付き合って来ただけで、僕にはなんの関係もないはずなのに・・・

 

「じゃ、あとは・・・それじゃ、弘くん?」

「・・・は、はい?」

「ちょっと私、用意するものがあるから。未来の言うこと、ちゃんとよく聞い

てね?」

そういうと結井さんは店の外へと出ていってしまった・・・。

(・・・・・・?)

「大丈夫、用事が済んだら戻ってくる。」

未来さんは優しく僕に話しかけてきた。そして、また頭を撫で始める。

「しかし・・・ひどい事をするもんだ、あいつも・・・」

「・・・え?」

言葉の意味がよくわからない・・・

「気にするな、こっちの話だ。」

「・・・あの、えっと・・・その・・・」

(何て呼べばいいんだろ・・・)

「『未来』でいい。・・・君は?」

「あ、弘樹です。・・・あの、未来さん?」

「ん、何だ?」

「結井さんとは・・・お知り合い、なんですか?」

「あぁ。昔ちょっとした縁で、な・・・それより、弘樹くん。」

未来さんは、足を軽く曲げて僕と同じ高さになる。顔と顔の距離が近く、見つ

め合うような形になる。

「ちょっとオレと一緒に来てくれるか?結井に頼まれてるんでな。」

未来さんは僕を撫でながら、少しだけ笑ってた。すごく、妖艶に・・・

 

連れてこられたのは、スタッフルームみたいな所だった。部屋の中には誰もい

なくて、あるのはロッカーと椅子、それと洋服売り場とかでよく見かける着替

え台だけだった。

「・・・あの、ここで何を?」

・・・嫌な予感が、する・・・

「これに着替えてほしい。」

未来さんがロッカーから取り出したものは、1枚のワンピースだった。薄緑色

のシンプルなデザイン。素朴な感じだけど、僕は素直にそれを可愛いなと思っ

た。

(・・・って、そういうことじゃなくて!?)

「え、あの・・・僕、男で・・・」

「あぁ、わかってる。それを承知の上でお願いしている。]

男口調で迫ってくる未来さん。

「そ、そんな・・・困ります・・・」

「そこを何とか、頼む。」

(あぁ、もぅ・・・なにが何だか・・・)

頭の中では混乱が極まっていた。何で?どうして?

「結井からの頼みなんだ。聞いてやってくれ。」

「結井さんの?ど、どうして・・・」

何で僕にそんなことをさせるのか、その真意がまるっきりと言っていいほど掴

めない。

「そんな、こと・・・言われても・・・」

「じゃあ、仕方がない。無理にでも着せるしか・・・」

「えっ・・・わ、ちょっと!?」

未来さんは急に僕の前に膝立ちになり、僕の服のボタンに手をかける。

「ちょっと・・・や、やめてくださいっ!」

手をどかそうとするけれど、未来さんの手はビクともしない。構うことなく、

1つ、また1つとボタンは外されていく。

手で突き飛ばそうとした、けど一一一

「やめておけ、多分力はオレの方が強い。」

片方の手だけで、両手を押さえつけられた。未来さんは左手だけで器用に服を

脱がせていく。

いつの間にか、着ている服もあと1枚になった。このままだと・・・

「あとはシャツだけだな。」

「や、やめて・・・」

羞恥心で、涙がこぼれる・・・

「・・・・・・」

「・・・うっ・・・ぐすっ・・・」

「・・・じゃあ、自分で着てくれるか?オレもこんなこと、あまりしたくない

んだ・・・」

「わかりました・・・わかったから、もう脱がさないで・・・」

もはや半泣きの状態の僕。とめようと思っても、勝手に嗚咽が漏れてしまう。

「そうか・・・よしよし。」

未来さんはそうやって、僕が落ち着くまで僕の頭を撫でてくれた。

 

「それじゃ、これを。あ、着替えはその台を使ってくれて構わない。」

未来さんは服を僕に手渡し、奥にある着替え台を指さす。

「わ、わかりました・・・」

もらった服をギュッと抱き寄せる。こうなりゃヤケだ、そう思い台の中に足を

踏み入れ一一一

「一一一っ!?」

思いもよらなかったことに、思わず足を戻し後ずさり。

「えっ・・・ええっ!?」

自分の顔に、頭に手をやる。・・・そして、もう一度恐る恐る台の中にある

「鏡」を覗きこむ。

そこに映っていたのは、僕じゃない。・・・僕は、こんな顔してない。

でも、鏡は僕の動きを映すだけ、鏡のせいじゃない。となると・・・

(これが・・・僕?)

変わってる髪形。まつげとかも、くっきりとしていて・・・

これじゃ女の子みたい・・・

(一体いつの間に・・・あっ!)

思いつくのは1つしかない。

あの時。あのジュースを飲んだ時に違いない。あの時の記憶が未だに曖昧なの

だ。なにかその時にされていたのだろう。

(じゃあ、僕はここに来るまでずっと・・・)

今までずっとこの格好だったのかと思うと、顔が熱くなった。

(ヒドイよ、結井さん・・・)

結井さんが何を企んでいるのか、全然わからなかった。

僕を、どうするつもりなんだろう・・・

 




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