「このスーパーに何人の女の子が勤めてるか、知ってるか」
私は、郷田さんにつれられてこのスーパーマーケットの前に立っていた。
「五十人、くらいですか」
「200人」
郷田さんはにっと笑ってそういうと、私を置いてさっさと歩き出した。
従業員入り口で、彼が「玄コーポの」と所属を告げると、警備員たちが一斉に緊張した面持ちで立ち上がった。
「応接室の準備、できてる?」
警備員のひとりが、上ずった声で「すぐに店長がまいりますので」という。だが郷田さんはそれを最後まで聞かずに店内に入った。
「しかしまあ、祐子君もよくこんなところまでついてくる気になったな」
「はあ」私は不安そうな顔を作ってそう答えた。
「ここのチェーンが先月倒産したのは知ってるな」
郷田さんは、一度来たことがあるのか、従業員区画の階段をどんどん上がってゆく。
「国内に大型スーパーが17店舗、そのうち2店舗は赤字で閉鎖、14店が外資に買収された。
ところが、ここ藤原台店だけが別の扱いになった。なんでかわかる?」
私が首をかしげる。郷田さんはまた笑った。
「ある金持ちに買われたんだ。2億5000万円、外資ファンドの査定額の2倍近い額だったから、やつらもいやとはいわなかった。
だが、私の依頼主であるこの金持ちは、スーパー買い取って商売する気なんてハナからないんだな」
「じゃあ、なんでそんなことを・・・」
そのとき、立派なスーツを着た人が二人、大慌ての様子で階段を掛けあがってきた。
「よ、ようこそおいでを」
息も切れ切れで握手を求める。郷田さんはそれには応えず言い放った。
「玄コーポレーションの郷田です。お願いしておいた手配はできていますかな」
名札から店長であるらしいその人が「それはもちろん」といい、先に立って歩き出す。
「結構、結構」
郷田さんはサングラスを掛けている。身長はそれほど高くないが、やせているのでひょろ長い印象があった。
頭の毛は横と後ろを残して抜けてしまっていて、その残った髪もあまり元気がないから、
まだ四十にはなっていないはずなのに、ずいぶん年寄りの感じがした。
「ああ、こちらは石原祐子くん。流通サプライズ誌の記者さんです。もっとも、まだ嘱託らしいので、今回の取材で本採用を狙っているという所ですな」
店長はちらと私に視線を向けたが、わずかに会釈だけして、すぐに郷田さんに向き直った。彼は必死なのだ。なにせ、郷田さんは彼らを雇うか首にするかの権限をもっているのだから。
「どうぞ、よろしく」私は控えめに、そういった。
応接室は、見晴らしのいい最上階の5階にあった。
広々とした絨毯敷きのその部屋にはソファのセットが置かれていて、その脇に不安そうな面持ちの、従業員であろう8人の女性が立っている。
「なんに使ってたんでしょう、この部屋」
応接室の調度のあまりの豪華さに、私はおもわずつぶやいた。
「退任した社長が回ってきたときだけ使ってたんでしたな。たしか、もともと八百屋から身を起こされたんでしたかな」
郷田さんの冷ややかな視線に、店長が気まずそうにうなずいた。
「さて、」
郷田さんは、かまわずふりむいた。
そこに立つ、制服姿の8人の女性に向かって、郷田さんはそれこそとびきりの笑顔を見せた。
「そろそろ始めましょうか」
店長ともう一人の男が、そそくさと応接室を出、郷田さんの指示だろう、がちゃりと外から鍵をかける音が聞こえた。
「この店は、来月末に閉店となります」
不安げに顔を見合す女性たちに向かって、郷田さんはいう。
「皆さんはなにも心配要りません。あなたがたの雇用は確保されています」
店を閉めてどこで雇うというのか、郷田さんは妙なことを言っていた。
「わたしはクライアントからの依頼で、この店の全社員のなかからあなた方8人を選びました。その基準は、まず女性、大卒の正社員であること、それから独身の一人暮らし。さらに重要なのは、相応に美しいかどうかです。これは履歴書をもとに私が直接審査しました」
郷田さんの言葉を聞いて、女子社員のなかに憮然とした顔をする人、またさらに不安の度を高めたらしい人がまばらにあった。
「選抜の理由はこうです。あなた方は、現在のところその価値に見合わない薄給で搾取されています。あなたの知性、それに肉体は年収300万程度で雇用されるいわれはないはずではないでしょうか」
女性の一人が、たまらずに口を挟んだ。
「肉体って、それはどういうことですか」
「そのままの意味です」
郷田さんはにやりと笑い、それから言った。
「店を買うということは、其の従業員もまとめて買うという事だが、おろかな事にあなた方の査定額はさっき言った通りの惨憺たるものだ。
私のクライアントは、これを非常に安い買い物だ、と気付いているんです。外の世界ではこんな事はありえませんよ」
「あなたは、私たちに何をさせようというんです」
「もちろん」彼は声を抑えていった。
「風俗産業に売り飛ばそうとか、アダルトビデオに出演しろとか、そんなことは考えていませんよ。ただ、クライアントはある嗜好をもっていましてね。彼の嗜好を満足させるある仕事に就いてもらいたいのです。ああ、いうまでもなくこれは売春でもないです。期間は2ヶ月ばかり、それからはこの会社での退職金の2倍に相当する謝礼金を支払い、次の正社員採用を斡旋いたします。再就職先は同じ流通業からもう少し華やかな業界まで、多岐にわたりますがね」
そう言って郷田さんはカタログを配りだした。
「まあ、そこに掛けてください」
私もそのカタログを一部もらって眺めた。それは大手人材開発会社のパンフレットで、社名も世間で知られているものだった。
「再就職の枠はランクがありましてね。普通のアプローチではたかが知れるものでも、ある方向からの依頼であれば、驚くほどよい就職ができます。ちなみにクライアントはこの会社の株主の一人ですから、あなた方は最優先で就職を斡旋されることを保証します。勤務地、待遇も希望が通るでしょうね」
さっきまで不安一色だった彼女たちの態度に、わずかに変化があらわれていた。ソファに腰掛け、熱心にパンフレットを読む。怪訝ながらも、期待が頬のあたりにうかびはじめるのを抑えられない様子。
「あの、それで」
わずかに媚を含ませ、一人が言った。
「わたしたちは、2ヶ月間どんな仕事を?」
「簡単なことですが、少し申し上げにくい」
郷田さんは彼女たちの向かい側にこしかけた。
「契約を交わしたら、これは口外無用にねがいます。よろしいですか」
彼女たちが釣り込まれるようにうなずいた。
「催眠術、です」
え、といった表情が一斉に浮かんだ。催眠術、という言葉から、どういう連想をしていいのか測りかねる様子だ。
「クライアントは特殊な性癖を持っておりまして、あふれるほどの資産をもっていて好きなだけの女性を相手にできるにもかかわらず、どうしてもただのセックスでは満足できないのです」
郷田さんは、彼女たちがわずかに頬を赤らめつつ聞き入っていることを確認し、それから続けた。
「彼は、催眠術をかけられて無抵抗になってゆく女性の姿を見て、はじめて性的興奮を覚えるのです。それによってセックスをしたいというのではない。触ることすら欲してないというのですから、もしかしたらこれは何らかの性的機能障害かもしれませんがね」
郷田さんが、溶けるような笑みを浮かべた。彼女たちの何名かが、無意識に微笑みを返すのがわかった。
「もし契約を交わしていただけたら、あなた方には週に一度、クライアントの屋敷へ出向いていただきます。そこで、我々の契約する催眠術師の手によって、1時間ほど、夢の中をさまよっていただく。クライアントはそれを、少し離れた所から鑑賞するというわけです。もちろん、性的に問題のある行為など強要しませんし、それは第三者が監視する形をとります。それ以前に、催眠術というものは本人が嫌がる事を無理に行わせる事はできませんので、心配はいりません。2ヶ月間の契約期間が過ぎれば、別の女性たちが入れ替わりに屋敷に入ります。別のスタッフがこちらと同じような買収物件を探していましてね」
「あの、いいですか」
特に気の強そうな一人の女性が声をだした。名札に「上杉」と書いてあった。
「なぜ、わたしたちなのでしょう。お金を出せば、そういった条件に応じる方が沢山いらっしゃると思いますが」
髪が長く眉の美しい、それだけにプライドの高そうな人だった。
「それは」と郷田さんが、得たりといった顔で言う。
「さっきもいいましたが、あなた方にとても価値があるからですよ。いわゆるそういったプロの女たちはもっと安価にこういう仕事に応じますが、クライアントだけでなく、多くの資産家は、そういうプロを好まない。知性があり、恥じらいもあり美しい、その上こういったご提案をこの条件で提示できるシチュエーションというのは、あまりない訳でね」
ほかの7人はなるほどとばかりにうなずいている。上杉さんだけは、まだ釈然としないような顔をしていた。
郷田さんは、少し困った風な顔をして、「ただし」と付け加えた。
「契約には条件があります」
彼はポケットをまさぐって何かを探していた。
「契約の内容は催眠術ですから、あなた方には催眠術にかかって頂かなくてはならない。ところが、誰でもが簡単に催眠術にかかるかというと、そうはいかないんです」
彼が取り出したのはペンダントだった。細い鎖の先に、ゴルフボールほどの赤いガラス球がぶら下がっている。よく見ればそれはただの球ではなく、細かくカットされた多面体になっていた。
「テレビの催眠ショーなんかでも、簡単にかかるように見えますが、実は番組を始める前に試験をして、催眠にかかりやすい人だけを出しているのですよ。私は、その試験をするために今日此処にきたのです」
彼はペンダントを彼女たちの前にぶら下げた。
「この試験で催眠感度、すなわちかかり易さを測り、合格した方とだけ契約させていただきたい。希望されない方は催眠にかからなければいい。かからないと念じている人は決して催眠になどかかりませんから」
彼女たちは顔を見合わせた。それから次々にうなずいた。ただ、上杉さんだけはきっときつい視線で郷田さんを見つめていた。
「よろしいようですね。でははじめます」
郷田さんの声の調子がかわった。どちらかといえば軽い声の調子だったのが、急にトーンが下がり、テンポがゆっくりになった。
「この宝石を、見つめなさい」
多面体のカットの部分が、キラキラと輝いている。彼女たちは、じっとその輝きを凝視しはじめた。
「このガラス玉の奥には、核になるもう一つの宝石があってわずかに光っています。それが見えますか?」
そんなもの見えないのだろう、彼女たちは不安げな表情を見せる。自分だけ置いていかれたくないのだ。もし皆が見えるなら、私にも見えるはずだと。
「み、みえる」
突然、一人がつぶやいた。
それにつられるように、彼女たちは次々に言い立てはじめた。
「見えるわ」
「ああ、きれい」
騒ぎ立つ彼女たちの真中で、上杉さんだけがつらそうに眉をひそめたまま、ガラス玉を凝視している。いや、彼女がにらみ返しているのは、その後ろにある郷田さんの顔だった。
「君にももうみえているはずだ」
「みえないわ」
上杉さんが噛みしめるように言った。
「こんな、インチキ、騙されないわよ」
突然、郷田さんが立ち上がった。
ガラス球が一瞬のうちに消えたと思ったら、それは上杉さんの鼻先に出現していた。
「見つめたまえ」
「い、いや」
身もだえして抵抗しようとする上杉さんの耳元に、郷田さんがささやいた。
「うつくしいい、ヒカリがみええる」
一瞬、上杉さんの動きが止まった。
次の瞬間、ガラス球はどこかに消えうせ、その代わりに郷田さんの指が彼女の視界を覆った。
「あっ」
逃れようとして彼女は立ち上がりかける。
間髪おかず郷田さんは彼女の額を掴み、ぐるぐると回しはじめた。
上杉さんは、何も見えずどうなっているのか分からない内にされるままになってしまっている。
彼女の口元が、弛緩したように開きはじめているのが見えた。
「ああ」
わずかに吐息が漏れ、郷田さんは手を離した。
中腰のまま手を離された上杉さんは、朦朧としたままふらついた。その眼前に、郷田さんが人差し指を持っていって揺らした。
触れてもいないのに、それに押されるように上杉さんはソファに沈んだ。
それでもなお身を立てようとする彼女の前に再び郷田さんの人差し指がゆったりと揺れる。
上杉さんの首がゆっくりとのけぞり、ソファの背もたれにぐったりと倒れこんだ。彼女の四肢からは力が抜けきっていて、気持ちよさそうに投げ出されている。
それまでの事をあっけにとられて眺めていた7人は、呆然として郷田さんを見る。その目に、恐怖がちらついた。
「眠れ、女たち」
威圧的に、郷田さんが言った。
それまでの上杉さんの様子を目の当たりにしたためか、7人はたちまちのうちに意識を奪われてそこに崩折れた。
「さて」
わずかにため息をついて、郷田さんが振り向いた。
「祐子君、パンフレット返してくれる?」
一転して軽薄な感じに戻って、郷田さんが言った。
「こんなの記事にできないよね」
私はうなずく事もせず立ち尽くしていた。
郷田さんは、床に散らばったパンフレットを全て回収すると、それをカバンに入れた。
「記事にならないかもしれないが、これがほんとのカタログだ」
彼はそう言って、もう一枚の白黒の用紙を私に見せた。
「私の顧客に配るものでね。価格の欄に注目」
目を通しはじめた私は、それ以前に驚愕していた。
そこには、たしかに女性の価格が書いてあった。1000万から1500万の価格の脇には、顔写真などはなく、ただ「仕様」という欄のみがあった。そこには、一見関係がなさそうないくつかの単語が羅列されている。恋人、奴隷、結婚、ほかに「娘」や「売買」などの文字がある。
「家出娘を監禁しても、稼げる金はたかがしれている。素性のしっかりした女を誘拐したら、金になる前に事件になるね。ところが、彼女たちの心をコントロールできれば、結構な金になって、誰にも騒がれない」
「じゃあ、これは・・・」
郷田さんはうなずいた。
「言ったろう。クライアントはこれを、安い買い物だと思ってる。彼のビジネスは、私を通じて女たちを調教し、顧客たちに高値で売りつけることだ。特に・・・」
郷田さんは、夢うつつのままの上杉さんの顎を撫でながらいった。
「彼女はいい。需要が高いんだ。勝気で美しくて、それでいながら好きな男の前ではすべてを捧げつくして服従する女。1800万の値で予約待ちがあるんだよ」
私は自分のカバンを探っていた。金属の感触がすぐに指先にあたる。
「彼女にはこれから1週間かけて念入りに催眠をかける。それから、ある会社への再就職を斡旋するんだ。そんな業界にはまったく興味はないはずだったのに、なぜか熱烈にその会社に就職したくなっているはずだ。そして彼女は、入社3日目ぐらいに廊下である人物とすれ違う。たしか専務取締役だが、彼女は彼を見たとたんもうどうしようもないくらい、彼のことを恋焦がれてしまうわけだ。すぐにでも彼女は結婚したくなる。もちろん、家族や友人は反対するだろう。なにせすごいデブで、禿げていて、下品で、その上55歳だ。だが、彼女は反対など眼中になくて、あっというまに結婚してしまう。そして毎夜、彼の前で奉仕するんだ。それが愛だと信じてね」
「それは、犯罪だわ」
私は、カバンからそれを取り出した。ネットで入手した拳銃は、それでもこうして人に突きつければ立派に人間を殺傷する外観をみせた。
「そうやって、明日香を壊したのね」
私は言った。
「あなたが去年、あの酷いサディストを愛するように洗脳した結城明日香は、私の妹よ」
彼は、困ったような顔をして突っ立っている。
「いま明日香は病院よ。体中にあんな傷をつけられて、それでもあの男の言いなり」
私は引き金に力をこめた。証拠を掴んだら警察に通報するつもりだったが、今はそんなことどうでもいい気持ちだった。めちゃめちゃにされた明日香のことを思うだけで気が狂いそうになる。この男を殺してやる。そう思った。
「ふうん」
突然、彼が言った。
「ここでそうくるんだな」
彼はなにか納得するようにうなずいた。
「何をいってるの」
「いや、だからね。予想外だったんだよ。今回は、いけないいけないと思いながら、女たちの快楽に巻き込まれて、使命を忘れて溶けていく、っていう筋書きが楽しいかなって思ってたんでね」
「な、何を」
「意外にモラル高いっていうか、思い切ったことするっていうか、ああ、感心したよ」
そう言って、彼はおもむろにサングラスを外した。
私は彼の瞳を見た。
銃が、煙のように消えた。というより、私は最初から人差し指と親指を突き立てて拳銃の形にしていただけだった。
彼に見つめられると、心が白い霧につつまれるようだった。
「君が僕のところに押しかけてきたのは半年前だ。私としては君のようなのは厄介で仕方がなかった。クライアントは問題を抱えた術師をすぐに解雇するし、妙なスキャンダルが起きそうなら命の危険にも晒されるしね。放っておいたらまず殺されるのは君だと思ったよ。それで、私は君をアシスタントにすることにした」
私はうなずいた。何度も聞いた事だから驚かなかったが、彼の声を聞いているだけで私は幸せになる。
「女たちの性欲の深さを測る為に人形が一体欲しかった。いつでも思いのままに操れるパーソナルドールが。それで、君を調教した」
うつろな中で、何度も眠らされ、覚醒させられ、言葉や感情を刷り込まれてゆく私の記憶がよみがえった。ああ、なんて素敵なこと。思い通りに操られて、どんなご奉仕もよろこんで・・・・・・
「明日香君はもとからああいうのが好きな性癖なのさ。だから彼女はあれで幸せなのだよ。 ・・・・・・だが君は違う。やはりかわいいな。これまでの記憶を消してやれば健気にも妹の仇を討とうと私に挑んでくる。好きだよ、私は」
ご主人様が私を好きだといってくださる。その言葉だけで、私は絶頂に達しそうになる。
「あとでたっぷり可愛がってやるから、まず仕事をしよう。いつも通りやりたまえ」
「ハイ、ご主人様」
私は服を脱いで、いまはもうご主人様の人形になった8人に女たちの前に立つ。すぐに気持ちが高ぶってきて、私は身もだえする。
うつろな瞳に私を映した人形たちもすぐにその快楽が伝染したように仰け反る。
特に激しく、髪の長い女が自分の胸をまさぐっていた。
人形たちは服を脱ぎ捨て、競うようにもだえ狂う。ちゃんと気持ちよくなれれば、その姿をご主人さまに認められれば、人形たちはまったく新しい幸せな人生をプレゼントされるのだ。
(終)