第八話

スパイダーキラーフラワーという、いささか訳のわからない名前の植物が、幸子のホースによって放った水で巨大化していき、その枝が学校の校舎のガラスをついに割り込んで教室に入り始めていた。

幸子「たいへん、あの教室はわたしのクラスよ。」

藤岩「もう、とめる方法がないわ。」

枝が割り込んだ教室はもちろん大パニックになっていた。

五男「うわっ、なんだ!」

那樹「きゃあーっ!」

クモになって性行為に戯れていた生徒たちが、その枝からはえていた植物の蔓に巻きつかれていた。

生徒たちは植物の最も上にあった葉が繁っている所に次々に運ばれていたのである。

幸子「あれは、わたしのクラスの者たちだわ。」

藤岩「気をつけて。あの子たちはみなクモよ。この虫めがねで見て。」

幸子「まあ、でも…。」

生徒たちは、その植物の葉に次々と吸い込まれていた。

ところが、その後また妙なことが起こり始めた。巨大化していた植物は、生徒たちを全員吸い込んだかと思うと、その場で大きく暴れ出していた。

幸子「なんか、怪獣が化けたみたいだわ。」

藤岩「あぶない、ひとまず車を走らせて逃げましょう。」

扉を閉めて藤岩の運転する車が走り始めたが、巨大化した植物はその車の走っていく方向を目がけてメリメリと倒れ出したのである。

幸子「きゃあーっ!」

どうにか、最高速度にして逃げ出したようであるが、それでも後ろのトランクをたたく音がして二人とも衝撃を感じたため、やはり倒れた植物がぶつかっていたと感じた。スピードを出しすぎて道をはずれそうになったと思った藤岩は急ブレーキをかけ、あわや横の水田に落ちかかったところで停止したのであった。幸子はもう死に物狂いで顔を伏せていた。

藤岩は、顔を伏せたままの幸子を車内に残して車の扉をあけ、回りを見ていた。倒れてきたはずの植物が、いつのまにか見えなくなっていた。

藤岩「ん?これは。」

藤岩は、少し後ろにやはり道路の方向と並行して植物が横たわっていたのを見た。明らかに、巨大化する以前のスパイダーキラーフラワーであった。

藤岩「もしかして、もとの大きさに戻ったのかしら。けれど、吸い込まれた生徒さんたちは、あっ。」

更に後ろのほうを見ると、制服を着たまま生徒たちが倒れていたのを見つけた。幸子もようやく車のなかで気づいたようで出てきたのであった。

幸子「あれは、さっきの生徒たちだわ。」

藤岩「ちょっと待って。さっきの虫めがねだすわ。」

藤岩が出した虫めがねでその生徒たちの姿を映し出してみると、特に外見は変わったところはなかった。

藤岩「どうやら、この子たちはもとに戻ったようだわ。」

幸子「戻ったって?」

藤岩「クモじゃなくなったのよ。スパイダーキラーフラワーがクモの部分を殺したんだわ。」

幸子「そ、そうなんですか。」

ふたりは、倒れていた生徒たちを起こしていた。

五男「いったい、いままで自分たちは…。」

那樹「なにも覚えてないわ。」

幸子「みんな、戻ったのね。」

藤岩は、横たわっていたスパイダーキラーフラワーを拾って車に持ち帰り、そのまま車を発車させようとしていた。

幸子「藤岩先生、まだ、わたしたちの母や兄弟、いとこがクモになったままです。そのスパイダーキラーフラワーとかいうの使って、みんなをもとに戻したいのですが。」

藤岩「その気持ちはわかるけど、このスパイダーキラーフラワーというのは使い方を誤ると危険だわ。あなたはみんなといっしょに授業を受けて、終ってからわたしに電話して。それまでどうすればいいか、調べておくから。」

幸子「はい。」

とりあえず、幸子はスパイダーキラーフラワーの威力もわかったことで、その場は明るい見通しがつくだろうと思って藤岩の言ったように学校に戻ったのであった。

だが、またいっぽうでクモの増殖も進んでいた。

一本のポニーテールを両サイドを三つ編みにした前髪で頭の上に巻きつけて垂らしていた裕美也が、同級生でいちばん髪の毛が長くツインテールにしていた岩崎恵美子(いわさき・えみこ)の髪をわしづかみにして、ヘアスパイダーを移し、襲っていたのである。

裕美也「くくくく。おまえもクモ女だよ。」

恵美子「うう…。」

裕美也のかねてから慕っていた恵美子も、裕美也のような髪の毛を長くしている男の子は嫌いなタイプだと思っていただけに、恵美子には無念であった。

そのころ、日本植物センターにスパイダーキラーフラワーを持ち帰っていた藤岩だが、センターの所長に大目玉を食らっていたのであった。

所長「藤岩くん、なんてことしてくれたんだね。世界にふたつとない貴重な植物に日本の水などかければ、しおれてしまう恐れがあるんだよ。」

藤岩「そうとは知らず、すみません。」

所長「もはや、クモを殺す効き目は残ってないかもしれないね。」

藤岩「ええっ?効き目が残ってないって。それじゃあ、まだクモになっている者たちは…。」

所長も呆れ果てて背中を見せ、藤岩のもとから立ち去ってしまったのであった。

いっぽう、授業を終えて校門の外にいた幸子も、何度も電話をかけても出てこない藤岩に業を煮やしていた。

幸子「しかたないわ。もう直接、研究所に足を運んでみるしかないわ。」

もはや、自宅のほうはクモ女になっている者たちに占拠されてしまっているため、もともと幸子も藤岩のいるところを頼るほかなくなっていた。

研究所にたどりついて、藤岩のいる部屋に足を運んでみた幸子であったが、部屋の扉をノックしても返答がなく、鍵が開いたままになっているのでしかたないからと幸子は開いてみた。すると、藤岩が自分の机にうつぶせになって眠っていたのを見かけた。

幸子「藤岩先生、起きてください。」

肩をゆすって、ようやく藤岩が顔をあげた。

藤岩「ああ、幸子さん、もう…。」

幸子「もうって、どうしたんですか?」

藤岩「あのスパイダーキラーフラワーとかいう植物も使い物にならなくなったわ。クモになっている者を元に戻す方法もこれでわからなくなったし…。」

幸子「先生!」

幸子は、希望が足元から崩れていくような絶望感を味わっていた。

そして、こちらは幸子の家に、クモ女になっている母親の文子や、妹の美智子に嗣美、弟の裕美也、それにいとこの雅夜や、乃里予に久美子、彼女たちの母親で幸子にとって叔母である伸枝や、さらに彼女たちが襲って下僕にしているクモ男たちも集まっていた。

雅夜「うふふふ。これでわたしたちはずっとクモでいられるのよ。」

三つ編みの長いかたほうの髪の毛先をつまみながら雅夜が不気味に笑うのであった。

美智子「うふふふ。」

嗣美「くくくく。」

乃里予「うふふふふ。」

久美子「ふふふふ。」

少女たちもまた不気味でうつろな表情であった。

雅夜「いずれみんな、ひとり残らずクモにしてしまう時が来るわ。わたしはそのなかの女王。おまえたちにも高い階級の身分を与え、この世界をわたしたちのものにするのよ。」

たてに首を振る少女たち。もはや、彼女たちの心はすっかり悪魔と化していた。

ついに、人間の世界がクモ女たちに乗っ取られてしまうという、恐怖の異変が起き始めていた。

道の上を巨大化したクモが濶歩し、夜の高層ビル街の間を占拠していた。

雅夜「さあみんな、思う存分暴れまくりなさい。」

髪の毛も地面につくほど伸びていた姿もおぞましくなったクモ女の、女王と化していた雅夜の姿だった。

こうして、人類の歴史はいずれピリオドを打たれてしまう時が来るのである。

このように、未来には必ずしも正義が勝つとは限らない可能性も存在するというわけである。

(おわり)




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