チリーン……

 暗がりの中、一つの鈴を手にした翁の姿が、蝋燭の明かりによって映し出される。

「……さて。本日は私の話を聞くために集まっていただき、誠にありがとうございます」

 翁はそう前置きすると、手にした鈴を軽く振って鳴らして見せた。

「これから話すのは、かつて本当にあった話。もしこの老いぼれめのつまらない話を最後までお聞きくださったなら、私に取ってこれ以上の喜びはありません」

 無数の皺が刻み込まれた顔で不気味に笑いながら、翁はそう口にする。

「それは、十年ほど昔の事。ある所に、一代で財を成した男がおったそうです。もっともそのために用いた手段には、いささかあくどいものや、犯罪すれすれのものもあったとか」

 再び鈴を鳴らす翁。周囲にいた者達は、固唾を呑んで翁の話の続きを待っていた。

「ある時、男は最近噂に上っていた一人の占い師の事を耳にしました。何でも、その占い師は鈴を使って人の人生を占うとか。興味を持った男は、一度くらいなら占われてやるのも面白かろうと考えて占い師の下へと向かいました」

 三度、鈴が鳴らされる。静寂に満ちた空間を切り裂くように、鈴の音は響いた。

「占い師の下へ向かった男でしたが、ちょうど折悪く占い師はもう店じまいを始めている所でした。占い師は言いました。『今日はもう終わりです。また明日おいでください』と」

 そこでまた、男は鈴を鳴らした。これで四度目。四は死に通じる不吉な数だと言われるが、今この場に漂っている不穏な空気は、そんな迷信だけで説明出来そうにはなかった。

「普通の人ならそこで引き上げる所だったのでしょうが、何分相手はあくどい手や犯罪すれすれの手段で財を築いたような男。そんな男にとってわざわざ出直す事など、とても考えられないことだったのでしょう。男は占い師に詰め寄りました。『ふざけるな! 今占えないというのなら、この大きな鈴をもらっていくぞ』と。男は占い師の持っていた鞠のように大きな鈴に手を伸ばし、奪い取りました」

 五度目の鈴が鳴らされる。周囲が変わらず沈黙を保つ中、翁の口からだけ言の葉を紡ぎ出される。

「占い師は言いました。『それは私の大事な商売道具です。返してください!』と。男は答えました。『なら、今すぐ俺の事を占ってみせろ』と。占い師は黙っていましたが、結局渋々男を占う事にしました」

 そして、六度目の鈴。

「しばらく鈴を手にしてなにやら念じた後、占い師は言いました。『貴方は今まで数多くの悪事を働いてきたようですね。このままでは貴方、近日中に死にますよ』と。それを聞いた男は怒りました。『俺が死ぬ? 冗談も大概にしろ! くだらん嘘を言いやがって!』と。男は連れの者に命じ、すぐさま占い師を叩きのめさせました」

 七度目。七は幸運の数字とされるが、そんな験担ぎではこの場の異様な雰囲気を変える事は出来ないようだ。

「占い師が叩きのめされてぐったりとなったのを見届けた後、男は占い師の大きな鈴を奪いました。『こいつは慰謝料代わりにもらっていくぜ。じゃあな』と。そんな男に対し、占い師は今にも絶えそうな声で言いました。『何という事を……よくわかった、やはり貴方には救われる資格などないようだ。貴方は近いうちに、鈴の音によって殺されるだろう!』と。そう口にした後、占い師はその場にばたりと倒れました」

 そして、八度目の鈴が鳴らされる。

「男は笑いながら言いました。『鈴の音に殺される? 負け惜しみにしても、もう少しマシな文句を考えるんだな!』と。男は占い師の持っていた大きな鈴を手に、その場を後にしました」

 九度目の鈴。九という字もまた、四と同じ不吉な数とされている。九は苦に通じるという考えからだ。だが四回目と同じく、そんな程度の事ではこの場に漂う妖気を説明する事は出来そうにない。

「自分の屋敷に戻った男は、持ち帰った占い師の鈴を机の上に放り出し、寝台の上に横になりました。一瞬男の脳裏に占い師が最後に口にした『鈴の音』という言葉がよぎりましたが、男はあれはただの妄言だろうと考えて気にしないことにしました。そしていつの間にか男はうとうととし始め……気づけば眠りについていました」

 十度目。これで鈴の鳴らされた回数は二桁に突入した。一体翁は何度鈴を鳴らすつもりなのだろうか。

「次の日の朝、男はちりんという音を聞いた気がして目を覚ましました。ひょっとしてあの鈴が机の上から転げ落ちたのだろうか。そう思って男が机の上に目を向けると、占い師の鈴はちゃんとそこにありました。だが男は奇妙なことに気付きました。占い師の鈴の傍に、見覚えのない小さな鈴が一つあったのです。その鈴には『が』という文字が書かれていました」

 十一度目。十一は一が二つで構成される文字。私は何故か、鈴の音が一周して再び元の場所に戻ってきたかのような感覚を覚えていた。

「誰かの悪戯に違いない。そう思って犯人を捜そうとした男でしたが、部屋に人が入った気配はありませんでした。窓もドアもしっかりと鍵がかけられたままで、とても人が出入りしたようには見えません。結局、男は気にしないのが一番だろうと考えそのまま寝ることにしました」

 十二度目。次も鳴らすなら十三度目になる。西洋では不吉とされる、十三という数字に。

「しかし、それは気のせいではありませんでした。次の日男がちりんという音で目を覚ますと、机の上には二つ目の小さな鈴がありました。そこには『げ』とだけ書かれていました。男はこれを、何かのメッセージではないかと考えました。異変はその日で終わることはありませんでした。次の日にも鈴が現れ、そこには『る』の文字がありました」

 十三度目。この先、あと何度鈴の音が鳴らされるのだろうか。

「誰かが俺の部屋に鈴を持ってきている。そう考えた男は、寝ている振りをしてこっそり見張る事にしました。しかし明け方近くになっても誰一人姿を現さず、男がうとうととし始めた頃……ちりんという音が男の耳に届きました」

 十四度目。まだまだ続くのだろうか。

「はっと男は目を覚まし、すばやく部屋の中を見回しました。だが部屋の中には誰一人見当たりません。そして男が机の上を見ると、そこにはやはり、小さな鈴がありました。今度の鈴には『ろ』と書いてありました」

 十五度目。どうやら続くようだ。

「最初は家で雇っている者を疑っていた男でしたが、流石に何かおかしいと気づきました。誰にも見つからず鍵を開けてこの部屋へ忍び込み、鈴を置いて鍵を掛けた上で脱出する……しかも 四日連続で。いくら屋敷の者でも、気づかれないはずがありません」

 十六度目。区切りのいい所まで続くとしたら、やはり二十回あたりだろうか?

「そんな風に思い悩んでいる男をあざ笑うように、鈴はそれからも現れました。次の日には『来』と書いた鈴が、その次の日には『奴』と書いた鈴が。そして……その次の日には『逃』と書いた鈴が」

 ……十七度目。

「男は今までに現れた鈴を並び替えてみました。すると、こんな文章ができたではありませんか……『逃げろ、奴が来る』と」

 十八度目。そろそろこの物語も、結末に近づいてきたようだ。まあそう見せかけて、まだまだ続くという可能性がないでもないが。

「思わず背筋が寒くなった男は、鈴を占い師に返すことにしました。だが使いに出した者によれば、なんとあの占い師は一週間前に死んだとの事でした。それを聞いた男は、全ての鈴を遠くの山中へ埋めさせることにしました」

 十九度目。後一度で物語は終わるのだろうか、それともまだ続くのだろうか。

「これでもう何も起こるまい。男はそう考え、安心して眠りにつきました。だがその夜……いくつもの鈴の音で、男は目を覚ましました。思わず音のした方を見ると、そこには捨てさせたはずの鈴があるではありませんか」

 これで……二十度目。

「鈴はちりんちりんという音を立てながら、こちらへと近づいてきます。そしてその中で最も大きな鈴――男が占い師から奪った鈴が、ピキピキと卵の割れるような音と共に膨張し始めました。そしてその割れ目からは……大きな目玉が一つ、男の方を覗いているのが見えました」

 二十一度目。どうやらキリ良く終わるというわけではないらしい。

「男は声にならない悲鳴を上げながら、慌てて部屋の入り口へと向かいました。だが焦っているためか、中々鍵が外せません。痺れを切らした男は、ドアを開けるのをあきらめて窓の方へと向かいました。そして鍵を開けて外に飛び出し……着地を失敗して、首の骨を折って死んでしまいました」

 二十二度目。これで、物語は終わりだろうか。

「……これが、鈴の音にて殺された男の物語でございます」

 二十三度目の鈴の音は、鳴らされなかった。どうやらこれで終わりらしい。

「……ああそうそう、一つ皆様に言い忘れていた事がございました。実はその鈴……ここにあるのですよ」

 そう言うと、翁はズダ袋を取り出し、その中身をぶちまけた。いくつもの鈴の音が鳴り響き、文字の書かれた鈴が八つ、衆目に晒される。

 八つの内一つは、まるで内側から破裂したかのようになっていた。おそらくはこれが、占い師が持っていたという鈴なのだろう。

「では、これより皆様にこの鈴の値を付けていただきたいと……おや?」

 不意に、鈴がひとりでにちりんという音を立てて鳴った。誰かが鳴らしたわけでもないというのに。

「今、あの鈴鳴らなかったか?」

「鳴ったような気が……」

 それまで黙っていた観衆が、騒ぎ立て始める。その直後、七つの小さな鈴がピキピキという音と共に、膨張し始めた……。




暗黒催眠空間トップページ